地震の後
2011年 03月 21日
2階のガラス張りの窓の大きな喫茶店にいたのですが、天井からつるした照明がぐらぐらゆれて、ミシミシとビル自体が音を立てたので何度かの揺れの後、慌ててお客様と一緒に外にでました。
外に出ると既に多くの人が外に出ております。
街路樹もグラグラと揺れておりました。
地震の後、すぐに会社に戻りましたが、事務所が3階ということもあってエレベーターが止ってしまった以外に特に被害はありませんでえした。
帰途に関しては電車が止まってしまい、携帯電話もまったく通じません。
家まで歩ききる決心をして5時半ごろ会社を出ました。
六本木まで歩いたところで比較的空いている公衆電話を見つけ実家と妻に連絡とれました。
このときもやはり携帯電話は全く通じません。
妻は自宅が停電中ということで保育園で息子をピックアップしたのち会社に戻っておりました。
目的地が自宅から、妻の会社に変更となりましたが、その後もR246 にそって歩き続け夜中の12時前には妻が待っている溝の口に到着しました。
渋谷からR246 は歩道で徒歩渋滞もしばしば発生しており歩いている人が大勢いました。
途中でタクシーに乗ったり、バスに乗ることも考えましたが、道路の渋滞は酷く、歩いたほうがずっと早い状況でした。
とにかく疲れた晩でした。
その後、会社は休業・自宅待機となり、妻は妻で福島原発の放射能漏れ事故を心配して東京脱出だとか騒ぎ始めるし大変でした。
11日夜、渋谷駅JR山手線ガード下を越えてR246 方面に向かっているところ。

写真
地震もようやく落ち着いた20日の月

東北で被災された人たちに比べるとほんのささやかな被害でしたが、私にとっては忘れられぬ一晩でした。

